まずは過去のデータや経緯から。。。少しまとめてみました。
コソボ共和国は旧ユーゴスラビアの一部でありクロアチア、スロベニア、
マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロの独立宣言に遅れる事
10数年後に独立宣言した国です。
※数字はおおまかな数字です!!
まず、旧ユーゴスラビアの総人口から考えてみると
約2500万人が住んでいました。そのほとんどの地域に
セルビア人が住んでいました。また旧ユーゴスラビアの人口の
約50%近くがセルビア人ということもあってか
セルビア人による 中央集権的な政治が行われていました。
それに反発した 地域(民族)がスロベニアやクロアチアなどだったのです。
詳しい内容は割愛しますが、とりあえず簡単に・・・
スロベニア 人口200万人 土地面積20,000ku
クロアチア 人口450万人 土地面積56,000ku
のふたつの国がまず独立宣言をします。(1991年6月)
旧ユーゴスラビア軍との紛争開始、スロベニアは比較的早くに停戦。
この時点で、、、
旧ユーゴスラビア2500万人 − 200万人−450万人
=1850万人・・・
それからわずかに遅れる事・・・
マケドニア 人口200万人 土地面積25,000ku
も同年 独立宣言(1991年9月)
1850万人 −マケドニア人口200万人
=1650万人
さらに翌年・・・
ボスニア・ヘルツェゴビナ 人口400万人 土地面積51,000ku
も独立宣言(1992年4月)
1650万人 −ボスニア・ヘルツェゴビナ400万人
=1250万人
紛争終結年
スロベニア1991年 10日間程度
マケドニア1992年 撤退
クロアチア・ボスニア・ヘルツェゴビナ1995年
この紛争により 多数の セルビア人難民が コソボに移住
これにより、コソボ住民(民族)が反発
1998年 コソボ紛争の開始
1999年 アメリカ軍を中心にしたNATO軍が制裁
2000年 セルビア完全撤退
これによりコソボの
「独立国ではないが独立した国の状態」が続く
2003年 旧ユーゴスラビアからセルビアモンテネグロに改称
2006年 モンテネグロも独立宣言、セルビア単国の誕生
2008年 セルビア国内のボスニア地域が新たに独立宣言
セルビア人口約950万人になる。
(・・・以上、ウィキより)
ほとんど一民族である 日本ではわからない世界ですね。
さらに 宗教が関わっているからたちが悪い。。。
当時は「ヨーロッパの火薬庫」といわれていていたようです。
読みやすい記事はここから↓
http://www.afpbb.com/article/politics/2352174/2654158
【2月18日 AFP】(写真追加)セルビアのコソボ(Kosovo)自治州議会は17日、特別議会を開き、独立宣言を採択した。民族紛争から解体した旧ユーゴスラビアで最後に残った同自治州が独立宣言に踏み切った。議員による挙手採決で独立宣言が採択された後、ヤクプ・クラスニチ(Jakup Krasniqi)議長は、「この時点からコソボの政治的位置付けは変わった。われわれは独立した自由で主権のある民主国家だ。皆さんおめでとう」と述べた。同議会は、世界で一番新しい国家は「平和と安定に力を注ぐ」とする独立宣言案の採決を行った。州都プリシュティナ(Pristina)には、数万人が旗を振りながら集結した。また、同議会は人口約200万人のコソボの新しい国旗案も承認した。セルビアのボリス・タディッチ(Boris Tadic)大統領は同日、セルビアは決してコソボ独立を承認しないとの声明を発表。平和的、外交的、法的手段を用いてコソボの独立宣言を無効にすると強調した。米国とともに英国、フランス、ドイツ、イタリアは18日にも、正式にコソボ独立を承認する見通しだが、キプロス、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、スペインは承認を見送る方針。マルタやポルトガルなどは、国連安全保障理事会(UN Security Council)の決定に委ねられるべきだとの姿勢を取っている。コソボの独立が、ほかの分離独立派の前例になる危険性があるとみる国もあるが、欧州連合(EU)は、類似性はないとしている。(c)AFP
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